恐怖体験の継承について、ニューロサイエンスの教えること

最近のニューロサイエンスの発展には、目覚ましいものがあります。ストレスによる脳の構造の変化とそれに伴う脳機能の変化、ストレスを抱えた隣人(マウスですが)からストレスが移り、ストレス反応が起こる話、男親の恐怖体験が精子を介して2世代まで遺伝される話、など、全部マウスの実験に基づく話ですが、たぶん人間でも同じような現象が起こっていると推察されます。

恐怖体験の遺伝などは、これまで「行動は遺伝されない」とされてきた常識を覆すものです。私もびっくりしました。たぶん動物が自然環境で生きていく上では、極端な恐怖体験への対処法を子孫が体験する前に知っている、ということは、生き残りの戦略上有利に働いてきたのだろうと思います。しかし、人間は、自然では起こりえないようなことをしでかします。例えば、戦争。好むと好まざるとに関わらず、恐怖体験は受け継がれることを、マウスの実験は示しています。私たちの大半は戦争を直接は体験していませんが、その記憶はどこかに受け継がれているのだと思います。そう考えると、厳粛な気持ちになります。歴史から完全に中立ではいられない、自分たちがどんな記憶を受け継いで、どんな行動の影響を受けているのか、考え続けていきたいと思います。

参照論文

McEwen et al. (2015) Mechanisms of stress in the brain. Nature Neuroscience, 18: 1353-1363

Sterley et al. (2018) Social transmission and buffering of synaptic changes after stress. Nature Neuroscience, 21: 393-403

Dias and Ressler (2014) Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations. Nature Neuroscience, 17: 89-96